スコット・サムナー翻訳

名目GDP目標、マーケットマネタリズム

スコット・サムナー「FAQ」

  • 2009年12月29日投稿。

 

 

1.貴方がそんなに賢いなら、何をしたらいいのか教えてよ。

大事なのは賢さではなく、明確な目標を設定して目標達成のために何でもすると約束することです。

私はFRB名目GDP成長経路の明確な目標を設定すべきだと思います。しかし現時点では物価水準目標やインフレターゲットでも、何も無いよりはマシでしょう。

水準目標とは名目GDPや物価の成長経路の目標を設定し、現実の経路がそこからはずれた場合にはもとの経路に戻すと約束する方法です。たとえば年5%で成長する名目GDPを目標にした場合、ある年の成長率が4%であれば翌年は6%の成長を目指します。

FRBの政策を導くのは市場予想です。理想を言えば、私がこのブログで提案している名目GDP先物目標を採用すべきです。現時点では物価連動債と普通債の利回り格差に注目するのがいいでしょう。この差は現在、2年債で0.5%未満です。これはインフレ期待が力強い回復とは程遠い状態にあることを意味します。それを2%近くにしなくてはいけません。

[注:もともとは"0.5%以下"と書いていましたが、どちらにせよこのデータはもう時代遅れです]

FRB超過準備への利払いをやめ、必要であれば超過準備にペナルティ金利を課すべきです。すると銀行は貨幣を手元に置くのをやめ、世の中にお金が回ります。

これらのことをすれば、インフレ期待を2%近くまで引き上げるのは容易でしょう。しかし私が間違っている場合、(FRBにできることはもうないという誤った報道をよそに)量的緩和やまだ使っていない手段をとる必要があります。量的緩和では短期国債や中期国債、バックアップとして利用可能な長期国債や政府系機関債を買います。

2.なぜ2008年末に金融政策が引き締められていたと言えるの?

名目GDP成長がFRBの暗黙の目標をはるかに下回ると市場が予想したからです。

3.だけど金利はとても低い水準に下げられたよね?

金利は金融政策の指標として非常に紛らわしいものです。1930年代初頭と2008年末には、金利の低下が金融引き締め政策を覆い隠しました。実際のところ金利が低下した理由は2つあります。景気後退が予想されたことで借り入れが減り、実質金利が低下しました。そしてインフレ期待も急落しました。

4.でもマネタリーベースは急増したよね?

確かにそうです。しかしこれもまた2つの理由から紛らわしい指標と言えます。デフレとゼロ金利の期間では、金利がつかない現金と準備預金への需要が大きくなります。それに加えて昨年の10月6日からFRBが準備預金付利を始めたので、準備預金への需要はさらに大きくなりました。

5.超過準備にペナルティ金利を課すといろいろな問題が起こるのでは?

正しく行えば問題は起こりません。超過準備へのペナルティ金利と法定準備へのプラスの金利を組み合わせれば、銀行の利益を悪化させるとは限りません。銀行の保有する現金も準備預金の一部なので、そこにペナルティ金利を適用することも可能です。

6.でも銀行が信用力のある優良な貸付先を見つけられなかったら?

銀行は超過準備で長期国債を買うことができます。これは現金の流通を増やすので、"超過現金残高メカニズム"によって総需要が押し上げられます。

7.実質の問題じゃないの……?

いいえ。現在の真の問題は"実質"の問題ではありません。真の問題は名目の問題です。名目GDP成長率が急低下すれば、必ず深刻な不況が起こります。少なくともヒュームの時代以降の経済学者は、深刻な名目ショックの問題を理解しています。問題の真っただ中にいるとそれが"実質の問題"に見えてしまいますが、金融恐慌の時のように、実質の問題は貨幣的ショックの兆候として現れるのです。1930年代の人々も金融システムの崩壊が大恐慌を招いたと考えていて、後になって貨幣が少なすぎたことが原因だと分かったのでした。

8.混乱をもたらした要因が、混乱の解決策になるなんておかしくない?

解決策は年5%の安定した名目GDP成長ですが、これは混乱をもたらした要因ではありません。むしろ1982年~2007年の間、私たちを混乱から遠ざけた要因と言った方が正確でしょう。適度な名目GDP成長に必要なだけの貨幣供給がされなくなったとき、混乱がおとずれたのです。

9.その政策は長期的には高インフレにつながるのでは?

いいえ。私の政策を採用しなければ、そうなるかもしれません。デフレ期に保守的な"ハードマネー"政策を採用した国々は、左派に政権を奪われることになりました。そして長期不況により大規模な財政赤字が発生した場合、将来的な高インフレの可能性が高まります。金融緩和は財政出動の必要性を減らすので、将来的な財政ファイナンスのリスクは低下するでしょう。

10.市場予想は信用できるの?

どちらとも言えます。市場はよく間違えますが、それでもやはり私たちがする予想の中では最も信用できます。今回の場合は他の民間予測だけでなくFRB自身も、低い名目GDP成長を見込んでいます。ですからどんな予想を信じたところで、さらなる刺激が必要なことに変わりはありません。

11.流動性の罠では金融緩和は役に立たないよね?

いいえ。一時的な貨幣供給では大した効果はありません。恒久的と予想される貨幣供給は流動性の罠を含め、いつでも効果的です(有名なケインジアンポール・クルーグマンがそう言ってました)。必要なのは明確な名目GDPあるいはインフレの成長経路を設定して、短期的なアンダーシュートがあった場合はその未達分を取り返すと約束することです。そうすれば金融政策の信頼性が高まるでしょう。

12.金融緩和と財政出動の両方が必要では?

いいえ。ジンバブエが経験したように、金融緩和はいくらでも名目GDP成長を高められます。ひとたび目標を達成できると予想される程度の金融政策が設定されれば、財政出動の出番はありません。それは物事を悪化させるだけです。

13."長く可変的なラグ"が原因で、金融緩和がオーバーシュートするリスクがあるのでは?

いいえ。金融緩和に長く可変的なラグは存在しません。金融緩和が硬直的な賃金と物価に及ぼす効果にラグが存在するのです。しかし賃金の伸びはインフレ期待によって決定されます。FRBが12カ月先の名目GDPあるいはインフレを目標にするかぎり、有害なインフレを心配する必要はありません。原油価格によって一時的にインフレが大きく振れる可能性はありますが、コアインフレが変わらなければ賃金には影響しません。

14.住宅価格や株価が含まれないCPIはインフレの尺度として問題だよね?

株価を含めるべきではありません。住宅価格は含めるべきで、2004~2006年の実際のインフレは公式の値より高かったのですが、そこまで大きな差はありませんでした。私が名目GDP目標を支持する理由のひとつは、そこに新築住宅価格が含まれるからです。

15.多くの研究が人々は不合理で市場は非効率であると証明しているのに、どうして効率市場仮説を擁護できるの?

市場の変則性の研究はデータマイニングの産物です。経済学者にはある程度知られていることですが、その問題は彼らが考えるよりはるかに深刻です。それらのテストは信用に値しません。人々に不合理的な面が多いのは事実ですが、それが複雑な金融市場やコモディティ市場に大きく影響するかは不明です。反効率市場仮説の見解は、公共政策や投資に有益なアドバイスをできる段階には至っていません。

16.住宅バブルが砂上の楼閣だったのはもはや明白だし、思慮深い人は当時からそのことに気付いていたよね?

ウォール街の巨大銀行にはそのことが明白ではなかったようです。彼らは数十億ドルを失い、一部の銀行は破綻しました。多くの機関投資家も同じで、それらの銀行への投資や住宅ローン担保証券への直接投資を行なっていました。今になって考えれば崩壊が必然だったことには同意しますが、現実は違いました。オバマが提案する最低5%の「自己資金投資」ルールでも危機を防げなかったでしょう。彼らは自己資金で投資して数十億ドルを失ったのですから。

17.景気循環をもたらすのは資本の不適切な配分では?

いいえ。資本の不適切な配分は起こるし、それは実質的な影響を及ぼします。しかし2003~2006年の住宅ブームのような大規模な資源の不適切な配分ですら、景気後退をもたらすには不十分です。そのため当初の住宅市場の悪化はうまく処理され、2006年半ばから2008年半ばにかけて失業率がわずかに上昇しただけでした。最近の失業率の大幅な上昇は名目GDPの急落、すなわち金融引き締めが原因でした。なお大恐慌の前には大規模な資本の不適切な配分はありませんでした。つまり問題は100%、1929年9月以降の金融引き締めにあったのです。

18.ガリソンのパワーポイントは見た?

何回か見ました。彼の言葉を借りると、現在の私たちは二次的な不況を経験しています。ところで私にこれこれのオーストリア学派の本を読め、などと頼むのはやめてほしいです。まずコメント欄で、オーストリア学派景気循環理論の有用性を示して下さい。示唆に富んだコメントをお待ちしています。他の仕事を片付けるまで、読書をしている余裕はないのです。

19.唯一の解決策は中央銀行の廃止では?

それでどうなりますか?金の実質価値は他の商品と同じく変動するので、金本位制は物価水準を安定させません。金本位制の下でも不況は起こりました。中央銀行は必要だと思います。しかし制度を改革して、中央銀行が市場を裏切らないようにする必要もあります。先物目標を用いることで、金融政策を市場に決めさせる制度が良いでしょう。物価水準あるいは名目GDPを安定させるには、市場を用いるのが最善です。

20.貴方はあらゆる問題を輪転機を回して解決しようとする、ただの金融マニアでは?

確かにそうです。しかし壊れた時計のように金融マニアは1世紀に2度正しいのです。1933年と今です。残りの98年間、私はシカゴで教育されたリバタリアンのインフレタカ派です。1世紀に2度、私はアーヴィング・フィッシャーのスーパーヒーロースーツを着て、地下深くの隠れ家から飛び出てくるのです。

21.オススメの本を教えて

貨幣に関心があるなら古典からスタートするのが良いと思います。アーヴィング・フィッシャーの"貨幣の購買力"や"貨幣錯覚"は良い本です。あるいはフィリップス曲線に関するフィッシャーの1925年の論文が、"私はフィリップス曲線を発見した"として再版されています。他にはミルトン・フリードマンの著作もオススメです。彼は多くの書籍や論文を残しています。アンナ・シュワルツとの共著である"米国金融史"もそうです。

大収縮1929-1933「米国金融史」第7章 (日経BPクラシックス)

大収縮1929-1933「米国金融史」第7章 (日経BPクラシックス)

 

ホートレーとカッセルの本も良いと思います。

ケインズの"貨幣改革論"は彼の最高傑作です。

貨幣改革論 若き日の信条 (中公クラシックス)

貨幣改革論 若き日の信条 (中公クラシックス)

 

教科書であれば、私が使用しているのはミシュキンの"貨幣、銀行、金融制度の経済学"です。存命の作者なら、本を読むより論文や論説を読んだ方がいいでしょう。ロバート・ホール、ベネット・マッカラム、ロバート・ヘッツェルの論文は素晴らしいです(例外としてデビット・レイドラーは優れた貨幣経済学の本をいくつも書いています)。

貨幣数量説の黄金時代

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  • 作者: デビッドレイドラー,David Laidler,石橋春男,関谷喜三郎,横溝えりか,嶋村紘輝,栗田善吉
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  • メディア: 単行本
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論文を読むなら専門的なものより概説的なものがいいでしょう。ジェームズ・ハミルトンジョン・テイラーも良い論文を書いていて、どちらもブログを持っています。ニック・ロウビル・ウルージーデビッド・ベッグワースアンブロジーニジョシュ・ヘンドリクソンのようなブロガーは、私と部分的に共通する興味を持っています。クルーグマンは左派の中で最高のブロガーです。ティム・デュイFree Exchangeは中道的なブロガーで、どちらも読む価値があります。ジョージ・メイソン大学のブロガーは全員面白いですが、どれも貨幣についてのブログではありません。アーノルド・クリングのブログはわずかにオーストリア学派に偏った見解をとっています。ボブ・マーフィーのブログはオーストリア学派の伝統を厳格に守っています。皆さんにおすすめ出来るほどオーストリア学派の経済学を分かってはいませんが、ミーゼスとハイエクは古典的ですし、今日ではセルギンとホワイトガリソンホーウィッツはその教えの中では最高のブロガーたちです。アール・トンプソンはとても興味深いアイデアを持っていて、その一部はデビット・グラスナーの著作"フリーバンキングと貨幣改革"に凝縮されています。

多くの優れた人物が抜け落ちていると思うので、後で追加することになるはずです。

申し訳ないですが、ここでFAQに対する質問に答える余裕はありません。これらのFAQは主に私の素性を知らない新規の訪問者に向けたもので、彼らがブログの記事を理解する助けになればと思っています。新しい記事の中で、読者のみなさんが問題を提起する機会はいくらでもあるでしょう。問題は次から次へと起こるのですから。