スコット・サムナー「クルーグマンへの公開書簡」

  • 2009年3月1日投稿。


拝啓、クルーグマン殿

昨年10月以来、私は名目GDP成長が完全雇用と整合する水準を大きく下回っていることを心配してきました。昨年秋、私はこの議論を多くの経済学者に強く提起しました(幸運なことに、グレッグ・マンキューとロバート・バローは私の見解を聞くため、1時間以上を費やしてくれました)。私は金利がゼロ近傍であるにも関わらず、非伝統的な金融政策は未だ非常に効果的である可能性があることを示唆しました。

貴殿は経済問題に関して現在最も強い影響力を持つ進歩主義者であり、流動性の罠の専門家でもあり、そして貴殿は現在の環境下での金融政策の有効性に懐疑的でもあるため、私は金融政策に関する貴殿の見解を再考して頂きたく思い、手紙を書くことにしました。貴殿の"期待の罠"モデルを再考して頂きたいのではなく、非伝統的な金融政策のリスクがそのような政策を採用しないことのリスクを上回っていて、事態を悪くしてしまったのかどうかを考えて頂きたいのです。

具体論に入る前に、私は"保守派経済学者"と評されていますが、私の提案はオバマ大統領の広範な政策目標を支持する人々の利益にかなうだろう、と信じていることを申し上げておきます。アメリカ国民は日本国民ほど忍耐強くありません。もし日本型のデフレが(あるいはゼロインフレでさえ)4年間続いたとしたら、オバマが再選される可能性は極めて低くなります。そして今日のアメリカの有権者は(FDRがヒューイ・ロングを懸念していた)1935年の有権者とは全く異なっており、確定拠出年金の残高を減らした中間層の有権者が、オバマより左寄りの人物を大統領に選ぶことはないでしょう。

より高い名目GDP成長が望ましいことには誰もが同意するだろう、と私は考えています。貴殿は刺激計画が小さすぎることが原因で、民間予測者と様々な金融市場はどちらも悲観的であり、FRBですら今後数年間の名目GDP成長が目標には遠く及ばないと予測している、と論じました。(そしてFRBは今回の危機を通じてずっと楽観的すぎたとも主張しています)。ですから今すべき質問は1つです。ゼロ金利と傷付いた金融システムの環境下で、金融政策は有効たりえるでしょうか?いくつかの異なる理由から、私は有効だと信じています。

1.歴史上の実例

ご承知のとおり、FDRは就任直後に金本位制から離脱し、ドルを急激に切り下げることを通じて、デフレを相当なインフレに変えることに成功しました。アメリカ以外の国々も厳しい需要不足に直面しているため、現在の環境下ではドル切り下げのみの実施が不適切な政策であることは認めます。しかしこの例は、金利がゼロ近傍で銀行システムがひどく損傷している場合でも、急激なインフレを実現することは可能であることを示しています。

2.改革が容易である。

最終的には量的緩和が必要になると思いますが、非伝統的な政策のリスクを冒さずに、問題を管理しやすくできる簡単な手段がいくつかあります。ひとつの簡単な手段は、準備預金への付利をやめることです。これらの付利は準備預金への需要を増加させるため、(1936〜1937年の預金準備率引き上げと同じように)デフレ的な政策です。当然、この政策で国債金利は直ちにゼロに低下するため、おそらく銀行は多額の準備預金を保有したままでしょう。しかしそこからさらに一歩前進して、超過準備にペナルティ金利を課してはどうでしょうか?そうすれば、銀行が準備預金と国債をほぼ完全代替として扱うという現在の問題は解決されます。確かに国民による現金保有の問題は解決されませんが、今までのところベースマネーのほとんどが銀行によって保有されています。(これはおそらく1930年代と違って、現在では預金保証がなされていることが理由です)。私はペナルティ金利が上手くいくと確信しているわけではありませんが、FRBは是非ともそれを検討すべきです。

3.量的緩和

私は名目GDP(あるいはCPI)先物目標を提唱する多くの論文を発表してきましたから、実際のところ量的緩和は私の理想とする解決策ではありません。しかし危機の真っただ中で、未経験の政策を採用するのは間違いだとも考えています。量的緩和は、ベースマネーをコントロールするために普段から使用される公開市場操作の極端な例というだけですから、(予算面ではややリスクがありますが)そこまで不確実ではありません。別の記事で論じたように、私は期待の罠の議論を理論レベルでは認めていますが、この問題が世間で考えられているほどFRBの選択肢を制限することはないでしょう。その記事はここにありますが、基本的な考えは、2つの有名な流動性の罠(1930年代のアメリカとごく最近の日本)と現在の状況は違うということです。FRBは(1930年代のように)固定された金価格に制約されていませんし、おおよそ2〜3%のインフレを切望しているように見えます(GDPデフレーターが下落し続けているにも関わらず、2000年と2006年に利上げをした日銀とは違うということです)。

貴殿は需要を増加させられるレベルの量的緩和が存在することを認識しておられると思います。私の誤解でなければ、貴殿が懸念しているのは、そのような政策がインフレ期待を急上昇させた場合、FRBがすぐにそれらの資産を売却して、大規模な資本損失を被ってしまうことだと思います。その議論は理解できますが、私は2つの理由から、量的緩和は多くの人が想像しているほど難しくはないと考えています。1つ目の理由は、ジェームズ・ハミルトンが指摘したように、購入する資産が物価連動国債であれば、FRBアメリカの物価水準を高めたとしても価値が下がることはありません。私はアメリカのリスク資産(あるいは外国債)のように、総需要を増加した場合に価値が上がる資産の購入をFRBが検討することに反対ではありません。

4.明確な名目GDP(あるいはCPI)目標を設定し、"水準"を目標にする。

私が量的緩和による損失の可能性についてそれほど心配していないもうひとつの理由は、そのような政策が想像されているほどのマネタリーベースの拡大を必要としないからです(特に前述した超過準備へのペナルティ金利と組み合わせた場合)。信頼できる反デフレ政策がない(そして銀行の準備預金に付利をしている)環境下で膨張した超過準備を見て、総需要を増加させるにはどれだけのマネタリーベースが必要なのかを推定することは、非常にミスリーディングです。実際のところ、私の提案に沿った信頼できる政策が採用されれば、FRBは現在の膨張したベースマネーを削減する必要があるかもしれません。政策を信頼できるものにするためのポイントは(多くの人が主張しているように)、明確な名目目標を設定して、今年の未達分は将来の高い名目成長によって穴埋めされると約束することです(逆の場合も同様です)。私は貴殿の期待の罠の議論が、信頼性に関する疑問を提起していることを知っています。しかし明確な目標は、高く信頼される傾向にあります。なぜなら政策決定者は、自らの言葉を撤回することを恥ずかしく思うからです-彼らは(正当な理由によって)信頼性を失うことを好みません。そしてバーナンキらはすでに、日銀のメンバーとはまったく異なる高い評判を確立しています。

大胆な行動が歓迎される可能性があることを示すヒントが、金融市場にあることを指摘しておきましょう。2008年12月に予想よりもわずかに大きな利下げが実施されたことに対して、株式市場は力強く反応しました。(貴殿はそのときすでに、我々が流動性の罠に陥っていると主張していました)。このことは、ここで提案した手段と似た政策が発表されれば、市場はかなり前向きな反応をする可能性があることを示しています。(私たちはどの手段が最もよく機能するかを正確には知らないので、政策構想が多面的であるほど、市場に歓迎される可能性は高くなるでしょう)。昨年12月の株式市場は藁にもすがる状況だった、という主張があることは理解しています。しかし私は2007年初頭の予想外の引き締め政策について書いた記事で、株式・債券市場は、金融政策の効果をとてもよく理解していることを説明しています。

5.失うものは何もない。

FRBは準備預金への付利の廃止(とペナルティ金利の検討)や、明確な名目目標を設定することが可能で、物価連動国債(と一部の外国債)を使用した低リスクの大規模量的緩和を実施することもできます。また仮にFRBがインフレリスクに弱い資産を購入することになったとしても、それは現在のFRBの政策よりは良いことです。リスクを伴うが総需要を増加させる可能性が高い政策は、リスクを伴うが目標を達成する可能性が低い政策よりも優れていると思いませんか?

6.因果関係を間違えている

多くの人がまず銀行システムを修復する必要があると言います。しかしそれは因果関係が逆になっていませんか?たしかに当初のサブプライム危機は、銀行の誤った判断によって引き起こされました。しかし質の高い住宅ローン、商業向け融資、製造業向け融資などの状況が現在悪化しているのは、昨年夏に始まった名目GDPの急落が原因ではないでしょうか?仮に非伝統的な金融政策によって資本損失が生じたとしても、金融緩和が銀行救済にかかるコストを大幅に減らす可能性もあるのではないでしょうか?また急速な名目GDP成長が財政赤字に与える影響についても、考慮する必要があります。たしかに非伝統的な金融政策による、潜在的な資本損失は存在しますが、それらの損失がすでに発生済みであることを考えれば、そこまで怖がる必要はありません。FDRは大胆さが驚くほど効果的であることを示しました-彼が名目GDP成長を高める効果的な政策を採用したことで、1933年の住宅救済プログラムは予想よりもはるかに少ないコストで終了しました。

もちろんインフレが上振れするリスクはありますが、その可能性は低いと思います。FRBはイールドスプレッドを注意深く観察することで、インフレ期待が変化する兆しを読み取ることができます。(市場予想を目標とする際に起こる循環問題に関する1997年の論文で、バーナンキとウッドフォードが指摘したように)確かに中央銀行が100%信頼されている場合は、そのような観察から適切な金融政策スタンスについての有益な情報は得られません-しかし現在はそのような状況からは程遠いです。

結論としましては、私は貴殿の金融政策に関する見解を再考していただきたいのです。貴殿が見解を変えた場合、一貫性がないとして非難される恐れがあります。しかし貴殿の尊敬する人物が、かつてこう言ったことを思い出してください。

「事実が変われば、私の考えも変わります-貴方はどうですか?」

オバマ政権は明らかに、銀行危機への効果的な解決策を考え出すことに苦しんでいます。刺激策は(貴殿が信じているように)規模が小さすぎるか、あるいは(私が信じているように)乗数が想定より小さいため、不十分だと思われます。経済指標は予想以上に悪化し続けています。事実が変わっているのです。


スコット・サムナーより