スコット・サムナー翻訳

名目GDP目標、マーケットマネタリズム

スコット・サムナー「ケインズ主義の誤りを証明する日本」

  • 2016年10月29日投稿。

 

TheMoneyIllusionで最近のケインズ主義の復活を嘆く記事を書いた。私は日本がその理論のほぼ完璧な反証になることに気付いた。具体的に日本の例が示すことを挙げよう。

1.インフレは人手不足が原因で起こるわけではない。

2.インフレと失業に長期的なトレードオフは存在しない。

3.大規模な財政出動ですら、総需要にはほとんど影響を与えない。

日本では失業率が低下し続けていて、現在の失業率は3.0%で大不況期の水準を大きく下回っている。

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しかしインフレ率はわずかにマイナスだ。

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食料とエネルギーを除いても日本のインフレ率はほぼゼロだ。

失業率は労働市場の低調さを正しく反映していないという主張もある。ひょっとすると多くの日本人がやる気を失って労働市場から退出したのかもしれない。だがそれは間違いで、生産年齢人口(15〜64歳)の就業率はかつてないほど高まっている。

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(残念ながらFRBのデータは2015年初めで途切れている—誰か最近のデータを持っていないかな?)。これは米国で起きた事とは対称的だ。日本の就業率は1990年代半ばの70%弱から現在は73%まで上昇している。米国の就業率は1990年代半ばの73%から現在の69%弱まで低下している。

[最新情報]コメンターのマイケル・マクダッドによると、日本の就業率は過去19ヶ月でさらに1.4%上昇した—これは1974年以降で最高の数字だそうだ。つまり雇用情勢は極めて良好だ。

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他にも日本で極度の人手不足が進んでいることを示す多くの逸話がある。

建設労働者、介護士、店員を派遣してください—あくまで一時的に、ですが。

これは日本からのメッセージだ。日本の外国人労働者数は比較的少ないが、過去8年間でほぼ倍増していて、安倍晋三首相の与党はさらに外国人の就労を加速させる政策を検討している。

2015年マンパワー調査によると、日本の採用担当者の83%が人手不足に悩まされており、世界平均の38%とは対照的になっている。

今も下がり続ける低い失業率、記録的な就業率の高さ、極度にひっ迫した労働需給を示す多くの逸話。私の主張に反する証拠はあるかな?ケインズ主義者は日本でインフレが起こらないことをどう説明するのだろう?

マーケットマネタリストは労働需給のひっ迫によってインフレが起こるとは考えておらず、名目GDP成長がインフレを起こすと考えている。1933~34年の米国で起きたことは良い例で、米国史上で最高の失業率を記録したにも関わらず、卸売物価指数(WPI)は約20%上昇し、消費者物価指数(CPI)も急上昇した。その原因は?急速な名目GDP成長だ。

日本は過去23年の名目GDP成長がほぼゼロだった。だからオールド・ケインジアンモデルは日本の良好な労働市場をまったく説明できない。

ではマーケットマネタリストの説明は?やっぱり名目GDP成長と雇用の関連性が大事だということ?その通り。だが自然失業率仮説(NRH)はマーケットマネタリズムの一部でしかない。(ニューケインジアン経済学もNRHを取り入れている)。時間の経過とともに、労働者の予想が遅い名目GDP成長に適応すると、労働市場は徐々に自然失業率に戻ってくる。NRHによれば、労働市場を不安定化させるのは名目GDP成長の予想外の変化だ。

米国では2008~09年に名目GDPの予想外の下落が失業率を10%に上昇させ、労働者が予想外の低い名目GDPに適応するにつれて失業率は5%に低下した。労働者は特に名目賃金カットを嫌がるので、回復には通常よりも時間がかかった。通常は名目成長率が低下するだけだが、今回の不況では名目GDPが下落したので賃金カットが必要になったのだ。さらに回復期の名目GDP成長も異常に遅かった。

日本では名目GDPの予想外の下落によって、1990年代末から2000年代初めにかけて失業率が上昇した。その後名目GDPの下落が止まり、わずかにプラス成長したことで労働市場は回復し始めた。2008~09年に再び名目GDPが急落すると失業率は急上昇し、名目GDPの下落が止まると回復していった。2012年以降アベノミクスによって名目GDPが上昇し始めたが、仮に名目GDPが一定だったとしても失業率は低下し続けただろう。

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(だからといってアベノミクスが無用なわけではない。なぜならアベノミクスの最大の目的は、名目GDPを押し上げることで危機的な債務対GDP比を低下させることだから(あるいはそうであるべきだから)だ。そのために日銀はより緩和的な金融政策を採用する必要がある)。

赤字について言及すると、日本でケインズ理論が最も失敗したのは財政政策の分野だろう。1990年代から2000年代にかけて巨額の財政赤字を計上し、債務対GDP比は200%を突破したにも関わらず日本の総需要は1993年から伸びていない。これはちょっとした失敗ではない。史上最大の財政政策の1つと、主要国経済では史上最悪の総需要パフォーマンスが同時に発生したのだ。

さらにそれだけにとどまらず、最近(2012年以降)の日本の回復と同時に起こっていたのは、5%から8%への消費増税を主因とする穏やかな緊縮財政だった。(以下は財政赤字の対GDP比のグラフだ)。

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日本の経済学部の学生はオールド・ケインジアンのアイデアをどんな気持ちで学ぶのだろうか?その理論が予測する事は、実際に日本で起こった事とはほぼ正反対なのだ。日本人はアドバイスを伝えにやって来た(欧米の)ケインズ経済学者を丁重に扱っているようだが、彼らが内心どう思っているかを想像した方がいいかもしれない。