スコット・サムナー「貨幣、マクロ経済学は基本に立ち返る必要がある」

  • 2017年10月19日投稿。

 

ある島には100,000人の住民がいて、その全員が自営業者だとしよう。彼らは食料、衣類、住宅のような多種多様な商品を生産し、それらを交換し合っている。金融システムは存在しないものとする。また失業率が0%なのは明らかだ—どうすれば自営業者が失業できるだろうか?物々交換は不便なので、彼らはなんらかの貨幣を使っている—銀のコインかもしれないし、浜辺に打ち上げられた子ども銀行券かもしれない。

このとき物価水準を決定するモデルはどのようなものだろうか?金利フィリップス曲線でないのは確かだ!なぜなら金利や失業は存在しないからだ。

まずは名目GDPから始めて、それから物価を考えていくのが分かりやすいだろう。島の住民たちは1年間の生産あるいは所得の12.5%に相当する貨幣を保有したがるとしよう。ここで12.5%は貨幣の流通速度(V)の逆数(すなわち1/V)である。つまりV=8で、名目GDPは貨幣供給量の8倍になる。例えば貨幣供給量が10億ドルだとすると、名目GDPは80億ドル、1人当たりの名目GDPは8万ドルになる*1。では次にインフレ率のモデルを考えよう。

インフレ率=名目GDP成長率-実質GDP成長率

名目GDP成長率=貨幣供給量の伸び率+貨幣の流通速度の伸び率である。実質GDP成長率は貨幣とは関係のない要因によって決まる。シンプルな島の経済におけるインフレ率のモデルはこのようになる。

現実の世界はとても複雑なので、Vの決まり方はもっと難しくなる。労働者の多くは自営業者ではなく企業に勤めていて、賃金は硬直的だ。労働市場の需要と供給が一致しているとは限らない。金融システムも存在しているし、名目金利は貨幣の流通速度に大きな影響を与える(特にゼロ金利制約においては)。しかし新たに追加された要因が重要だとしても、それらは基本的に二次的な現象のままだ—貨幣経済学の中心にあるのは貨幣需要と供給の変化である—フィリップス曲線金利の変化による流動性効果は関係ない。ここで私のシンプルなモデルにおける貨幣需要と供給の伝達メカニズムを「メカニズムX」と呼ぶことにしよう。これは現代経済においても中心的な伝達メカニズムであり、硬直的な賃金と金利が加わったからといって無効になるものではない。このことは本当に理解されていない。

現代マクロ経済学はどこで間違ったのだろう?おそらくは二次的な現象に過ぎないはずの流動性効果とフィリップス曲線を伝達メカニズムの中心に位置づけた時からだ。リンゴの供給増加や需要減少によってリンゴの相対価格が下がる理由を説明する時にフィリップス曲線金利が必要ないのと同じで、貨幣の供給増加や需要減少によって貨幣の相対価格が下がる理由を説明する時にもフィリップス曲線金利は必要ない。私たちは基本に立ち返る必要がある。

マシュー・クラインはFT紙の記事で、現代マクロ経済学者が最近のインフレ率の動向を説明できずに苦しんでいることを指摘した。彼は記事の冒頭で、ニューケインジアンの従来の見解を述べたオリヴィエ・ブランチャードの言葉を引用している。

金利を非常に低くしておけば、失業率は3.5%から3%、さらに2.5%と低下していくだろうし、いずれかの時点で望み通りのインフレ率が達成されることは疑いようがない。
-元IMFチーフエコノミスト・オリヴィエ・ブランチャード

日本は金利を非常に低くしているが、インフレ率は低いままである。失業率はたったの2.8%だ。残念だが、金利フィリップス曲線はインフレ率のモデルとしては信用できない。

もちろんニューケインジアンの人々はとても賢いし、理由もなくそれらのモデルを発展させてきたのではない。短期的に見ると、金融緩和は短期金利を低下させる場合が多い(常にではない)。しかし長期的に見ると、金融緩和は名目金利を上昇させる傾向がある。ここで重要なのは金利ではなく金融緩和だ。金利が上昇するか低下するかに関わらず、金融緩和はインフレ率を上昇させる。1965~1981年の金融緩和は高インフレと高金利をもたらした。2015年1月のスイスの金融引き締めは低インフレと低金利をもたらした(この時は短期金利すら低下した)。(そう、新フィッシャー主義もたまには正しいのだ)。

フィリップス曲線にも同じことが言える。それは長年の間、特に金本位制の期間にはうまく機能していた。香港のような場所では未だにフィリップス曲線が成り立っている。低い失業率はしばしば高インフレと結びつけられる。しかし、失業率とインフレ率が同時に上昇していた1970年代の米国や、あるいは失業率が4.2%に下がったにも関わらずインフレ率は低いままだったここ数年は役に立たなかった。それはインフレの中心的な伝達メカニズムがフィリップス曲線ではなく、貨幣需要と供給だからだ。インフレ率の変化は金利や失業率と関係があるかもしれないし、ないかもしれない。しかしそれらは常に貨幣需要と供給に関係している。

残念なことだが、この混乱のせいでブランチャードの反対派は彼以上の間違いを犯している。

2%のインフレ目標を達成できていない段階でFRBの目標を4%に引き上げることを疑問視した元FRB理事のジェレミー・スタインにうながされて、ブランチャードはフィリップス曲線の有効性についての彼の信念を唱え続けた。ブランチャードの解決策は簡単だ。金利を低くしておけば失業率が低下し、必然的にインフレは加速するだろう。

ラリー・サマーズ — ブランチャードの会議の共同開催者であり、1つの論文の共同執筆者でもある — はブランチャードの解決策は絶望的に無力だと気付いた。彼は日本が長期にわたって経験したことを指摘して、完全雇用、大規模な財政赤字、積極的な金融緩和があったにも関わらず、物価水準は不変だったと述べた。日本がインフレを起こせないなら、誰がそれをできるだろうか?ブランチャードは何も答えずに自らの信条を述べ続けた。

これには文字通り頭を抱えたくなる。スタインの主張が論理的でないのは確かだ。ボルティモアとワシントンD.Cの中間地点から南に向かって車を運転していると、乗客の1人が「ボルティモアに到着してもいないのに、どうしてニューヨークに行けると思うんだい?」と言ったとしよう。それに対して私は「うーん、ボルティモアには向かってないよ。ニューヨークに行きたいなら、方向を変えて北に行かないと。今は南に進んでいるんだからね」と返事をするだろう*2。私からスタインへの返事は、FRBがインフレを高めたいと思っているなら、インフレを抑制するために金利を引き上げたりしないだろうということを指摘している。それが良いか悪いかは別として、金利を引き上げるということは、FRBの考えとしては2%のインフレは達成されるだろうし、なおかつ金利を引き上げなければインフレが2%を超えてしまうということだ。彼らは間違っているかもしれないが、だからと言って金融政策が無力ということにはならない。これは中央銀行の決断が正しいかどうかの問題だ。

私はこのように答えることもできる。「私は何十年も車を運転してきた経験があるから、この車でニューヨークに行く能力があるのは間違いないよ」

インフレ率のトレンドが2%であることがどれほど過激であるかを、人々は十分に理解しているだろうか。もしもケインズに対して「中央銀行は長期的に2%のインフレを目標にできる」と言ったら、彼は笑っただろう—あなたを愚か者と見なして。人類の歴史のほとんどの期間で、長期的なインフレ率のトレンドはほぼゼロであるか(商品貨幣の時代)、あるいは激しく変動してきた(ドイツのハイパーインフレや、ブレトン=ウッズ体制後の"大インフレ期"など)。1990年頃になると、FRBはインフレ率をおよそ2%で安定させようと試みはじめた。それ以降の平均インフレ率はおよそ1.9%であり、驚くほど2%に近い。これは偶然の産物ではなく、FRBが長期的なインフレ率のトレンドをコントロールしたために起きたことだ。

FRBがインフレ率のトレンドを4%にしたいなら、平均インフレ率が4%だった1982~1990年のボルカー議長の政策に立ち返ればいい。これは難しい理屈ではない。他の国々だってインフレを目標にしてきたのだ。

日本はインフレを起こせないって?本当にそうかな?例えば彼らが円を切り下げて、1ドル112円から1ドル600円にしたら?まだインフレは起こらない?じゃあ1ドル6000円にしたらどうかな?

インフレはいつでも貨幣需要と供給による現象である。(私はこちらの方が、フリードマンの「しつこいインフレはいつでもマネーサプライによる現象である」よりも好みだ。これは彼の発言として頻繁に引用されている文章の中で、彼が本当に伝えたかったことだ)*3

*1:M=貨幣供給量、V=貨幣の流通速度、PY=名目GDPとすると、MV=PYである。ここではM=10億ドル、V=8なのでPY=80億ドル。これを100,000人で割ると1人当たりの名目GDPは8万ドルになる

*2:北から順にニューヨーク、ボルティモア、ワシントンD.Cがある。

*3:一般的に引用されている文章は「インフレはいつでも貨幣的現象である」だが、そこでフリードマンが言わんとしているのは「しつこいインフレはいつでもマネーサプライによる現象である」ということだとサムナーは言っている。