スコット・サムナー翻訳

名目GDP目標、マーケットマネタリズム

スコット・サムナー「2014年の日本の増税は上手くいった。もう一度やろう」

  • 2015年6月21日投稿。

 

いくつかの理由から、この記事のタイトルはいくぶん奇妙に思われるかも知れない。

1.消費増税は景気後退を招いたとして、大いに非難されたから。

2.私は税金の低い制度を好むリバタリアンだから。

理想を言うなら、日本はシンガポールのようなとても税金の低い国になった方がいい。しかし日本政府が現在の政府支出水準を維持するつもりなら、増税が必要になる。それは現在の財政赤字が維持不可能な水準だから、ではない。日本は何年も赤字財政を続けることができていた。問題なのは、借金をし続けることで債務対GDP比が急速に高まった場合、日本経済が金利上昇のようなショックに対して脆弱になってしまうことだ。金融危機は、それとは無縁と思われていたところで突然発生するものだ。

2013年初頭に政権を発足させた安倍首相は、経済成長を促進し、2%のインフレ目標を達成すると約束した。彼は2回の消費増税によって、財政赤字を削減することも約束した。2014年4月1日に実施された1回目の消費増税では、税率が5%から8%に引き上げられた。8%から10%への2回目の増税は、今年後半に予定されていたが、2017年に延期された。可能であれば、2017年の増税は予定通り実施すべきだ。

米国のメディアは、2014年の消費増税が日本に景気後退をもたらしたと報じた。失業率のグラフを見れば分かるように、それは真実ではない。

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安倍首相の就任以来、失業率は低下し続けていて、日本の基準で比較しても非常に低水準だ。最近の原油価格の暴落によって(おそらく一時的に)低下しているが、インフレ率も上昇した。生産年齢人口が急減しているにも関わらず、雇用労働者数は増加してきた。株価は高騰している。2014年12月の総選挙では、日本の有権者はいわゆる「景気後退」に肩をすくめて、安倍首相に圧倒的な信任を与えた。

増税後の落ち込みは、2つの理由から誤って景気後退に分類された。第一に、多くの米国の記者が知らないことだが、日本の経済成長率のトレンドはほぼ0%なので、四半期ごとの成長率がプラスであれマイナスであれ、大きな違いはない。第二に、(今回の増税のように)金融緩和による100%の相殺があったとしても、消費者は増税を回避するために、購入する時期を調整するだろう。したがって、2014年の第1四半期に急成長したGDPは、2014年の第2四半期には急落した。それは単にタイミングの問題であって、(日本の失業率から分かるように)景気循環には何の影響もない。

もう一度言うが、私は日本がリバタリアン的な政策を採用することを熱望している。しかし、彼らにはそうする気がない。安倍政権は極めて高い水準の政府支出を公約している。(ここでの比較対象は東アジア諸国で、ヨーロッパ諸国ではない)。しかし、日本には世界史上で最も優れた中央銀行家の一人である、黒田東彦がいる。このチャンスを活用して、できるだけ早期に2回目の増税を実施するべきだ。しかし残念なことに、彼らの関心は黒田総裁の足を引っ張ることにあるようだ。

アベノミクスの当初の強みは、安倍首相と黒田総裁の緊密な連携にあった。前任の日銀総裁は、日本の深刻なデフレに対して敗北主義的な姿勢をとっていた。安倍首相は異次元の金融緩和によって日本を復活させることを期待して、日銀総裁に黒田氏を抜擢した。安倍政権成立直後の2013年初頭、日銀は急進的な量的緩和政策に乗り出した。

しかし現在、両氏の意見は対立しているようだ。主に論争の的になっているのは、極めて放漫な財政政策で、(債務利払いを除いた)プライマリーバランスは、対GDP比で6.6%の赤字になっている。黒田氏は、安倍首相が赤字削減のために十分な努力をしているとは思わないと述べた。一方の政府は、彼の発言が日銀の金融政策に限定されることを望んでいる。

2つ目の相違点は、金融緩和それ自体にある。黒田氏は、日本をデフレから脱却させ、インフレ率を2%まで押し上げるために、あらゆる手段をとると約束した。日銀はこの目標を達成できないかもしれない。物価は足踏み状態にある。しかし、政府は日銀に対して、これ以上の新規国債買い入れはやり過ぎだと伝えているらしい。現在の安倍首相は、黒田氏の足を引っ張り、インフレ目標の達成を阻害していると思われる‥‥。

政権内部からは、日銀の追加緩和を未然に防ぐため、2%のインフレ目標をより控えめな値(おそらく1%)に変更すべきだとの声も出ている。

2%のインフレ目標が総選挙での圧勝をもたらしたことを考えれば、1%への目標変更は「自爆」としか言いようがない。

あなたが現在の日本が置かれた状況について、安倍はタカ派で黒田はハト派だ、と理解したのなら、考え直した方がいい。この文章のわずか数段落後に、エコノミスト誌は以下のような奇妙な主張をしている。

安倍首相は財政赤字削減の詳細な計画を、今年の夏に公表すると約束した。政治的な理由から、社会保障費の大幅カットは実行されないだろう。しかし、荒療治が求められている。日本は高齢者の医療費負担を高める必要がある。また、あまりに多くの患者を病院のベッドに留めておく現在の医療体制は、全面的に見直さなくてはならない。そして、さらなる定年延長も必要だ。インフレ率の上昇が本格化し、日銀が金融引き締めを開始することになれば、安倍首相と黒田総裁の関係は大きな試練に見舞われるだろう。成長を維持するために、安倍首相は金融緩和の継続を要求するかもしれない。早すぎる仲違いは、引き締めのタイミングをより難しくするだけだろう。

これまで言い続けてきたように、金融政策は利益誘導政治によって失敗するわけではない。政府の首脳クラスの人々が、金融理論をまったく理解できていないだけだ。世界経済の命運は、黒田東彦のような冷静さと良識を兼ね備えた一握りの人物が、名目GDPを順調に成長させられるかで決まる。その一方で、政治権力者の言動は支離滅裂だ。