スコット・サムナー翻訳

名目GDP目標、マーケットマネタリズム

貨幣とインフレーション第4回(解答+期待の役割)

  • 2013年3月26日投稿。
  • 翻訳記事はここ


〔訳者:前回の記事のラストでサムナーから読者へ問題が出され、今回の記事はその解答・解説です。どのような問題が出されたかについては、訳注という形で本文中に載せてあります。〕

[まだの人は前回の記事を先に読んでほしい。マーカス・ヌネシュはこれらのポイントを説明する素晴らしいグラフを持っているようだ]

予想していたほど回答は多くなかったが、良い回答が何個かあった。口火を切ったのはフィルだが、最後の2つの質問への回答がわずかに不十分だった。最初に答えにたどり着いたジョージが金賞で、良い回答をくれたドンとスティーブは特別賞だ。他の人はあと一歩だった。

ではバローのデータを分析していこう(データはこの記事の最後に再掲する)。

訳注:問1.「ぱっと見」で、貨幣数量説(QTM)を強く支持しているのは高インフレ国と低インフレ国のどちらか?各グループに対するQTMの当てはまり具合について、そのことから何が分かるか?また各グループに対する当てはまり具合は、QTMをどのように定義するかによって変わるだろうか?

1.貨幣数量説(QTM)が成立しているのは、低インフレ国よりも高インフレ国である。(購買力平価説(PPP)とフィッシャー効果も同様)。実際のところ、貨幣成長はすべて国で物価に作用するが、低インフレ国では他の要因も重要になる。貨幣成長とインフレのギャップは、貨幣成長の高低によらず一定であると仮定しよう。例えば超長期のデータを調べると、貨幣成長とインフレのギャップは平均3%だったとする。その場合、貨幣成長が非常に高く、例えば年30%以上であれば、3%のギャップはちっぽけに思えるはずだ*1

QTMが貨幣成長とインフレの強い相関を主張する理論だとすると、それは高インフレ国で良く機能する。QTMがマネーサプライの一度きりの増加が、長期的な物価水準をそれと比例的に上昇させると主張する理論だとすれば、それは高インフレ国でも低インフレ国でも同じように機能する必要がある。それはゼロ金利制約下でも同じことだ。

訳注:問2.貨幣成長率とインフレ率を比べた時に、83か国のうち71か国では貨幣成長率の方が高く、12か国ではインフレ率の方が高かった。この割合が極端に偏っている理由を説明せよ。

2.多くの国ではインフレ率よりも、貨幣成長率の方が高かった。つまり貨幣需要を貨幣価値(=1/物価水準)の関数として表すと、貨幣需要曲線が時間とともに右にシフトする傾向があるということだ*2。交換方程式M×V=P×Y*3を使って考えると分かりやすいだろう。Vが非常に安定的で、Yが時間とともに増加するなら、貨幣成長率よりもインフレ率の方が低くなるはずだ。実質GDP成長はデフレを促進するのだ‼︎(多くの教科書はこのことを無視している……シンガポールの数字をよく見よう)。バローがサンプルにした83カ国の中で、30年間の実質GDP成長の平均がマイナスだったのは1カ国のみだ。

訳注:問3.貨幣成長率とインフレ率のギャップが10%以上だったのは、83カ国のうち一国(データに記載されていないリビア)だけだった。このギャップがめったに10%を超えないのはなぜか?

3.貨幣成長とインフレのギャップが10%を超えたのが83カ国のうち一国だけなのはなぜか?このことは部分的には、83カ国すべてで実質GDP成長率が平均10%未満だったことで説明できる。しかし、そこでは貨幣流通速度が比較的安定的であることが前提になる。貨幣流通速度が30年間で30%も変化するのは非常にまれで、その場合でも1年間の変化率は平均1%未満になる。貨幣成長率がインフレ率より10%以上高くなるためには、実質GDP成長率-貨幣流通速度変化率が10%以上である必要があり*4、それが起きたのはリビアだけだった。

訳注:問4.インフレ率の方が高かった12か国の大部分は、高インフレ国と低インフレ国のどちらであるか?その理由も説明せよ。

訳注:問5.ギャップの原因を説明するためには、平均インフレ率やインフレ率の変化、あるいは期待インフレ率の変化などの様々なインフレのデータのうち、どれを用いるのが適切であるか。

4&5.貨幣成長率よりもインフレ率の方が高くなるには、実質GDP成長率よりも貨幣流通速度変化率の方が高くなる必要がある。それは貨幣流通速度としては非常に大きな変化であり、それが起きたのは83カ国の中で12カ国だけだった。そうした状況が起きた国の多くは、高インフレ国だった(12カ国のうち7カ国がインフレ率上位13位以内の国だった)。これは貨幣流通速度と名目金利に正の相関があるからだ*5。たいていの場合、貨幣流通速度が急上昇するには名目金利の大幅な上昇が必要だが、通常それはインフレ期待(より正確には名目GDP成長期待)の大幅な上昇を意味する。残念ながら、データの中でインフレ期待の変化は示されていない。しかしながら、インフレ期待の大幅な上昇が平均インフレ率の高い国で起きやすそうだと考えることは理にかなっているし、現に私たちはそのことを観察している。

要するに、均衡ではこうなる。

P = Ms/(Md/P)*6

実質貨幣需要はK×Yだと仮定しよう。変数「K」は、総所得のうち人々がベースマネーの形で保有したいと思う割合のことだ。その場合はこうなる。

P = M/(K×Y)*7 (あるいはMV=PYでも良い)

次にベースマネーには金利が付かず、Kとベースマネー保有する機会費用に負の相関があると仮定すると、こうなる。

P = M/[k(i)×Y] *8

名目金利はトレンドと比較した名目GDP水準と、将来予想される名目GDP成長率の両方と正の相関がある。
物価水準よりも名目GDPに関心があるなら(そうした方が賢明)、そのときはこうなる。

P×Y = M/k(i)*9

これはサムナー版のQTMだ。

もっと良い理論が出てくるまでは、私がケインジアンの理論やMMT、物価水準の財政理論に関心を持つことはない。バローのデータ群は、貨幣とインフレーションを説明しようと試みる、あらゆる理論の評価に使える。

また一方で、期待がインフレに影響を与えるという事実により、この問題は初期のQTM支持者が想定していたよりはるかに複雑化している。次の記事では、期待の変化がもたらす結果によって、シンプルなQTMがひどく矛盾した理論になってしまう様子を見ていくつもりだ。

国名 貨幣成長率 実質GDP成長率 インフレ率 期間
ブラジル 77.4% 5.6% 77.8% 1963-90
アルゼンチン 72.8% 2.1% 76.0% 1952-90
ボリビア 49.0% 3.3% 48.0% 1950-89
ペルー 49.7% 3.0% 47.6% 1960-89
ウルグアイ 42.4% 1.5% 43.1% 1960-89
チリ 47.3% 3.1% 42.2% 1960-90
ユーゴスラビア 38.7% 8.7%(真偽不明) 31.7% 1961-89
ザイール 29.8% 2.4% 30.0% 1963-86
イスラエル 31.0% 6.7% 29.4% 1950-90
シエラレオネ 20.7% 3.1% 21.5% 1963-88
カナダ 8.1% 4.2% 4.6% 1950-90
オーストリア 7.1% 3.9% 4.5% 1950-90
キプロス 10.5% 5.2% 4.5% 1960-90
オランダ 6.4% 3.7% 4.2% 1950-89
アメリ 5.7% 3.1% 4.2% 1950-90
ベルギー 4.0% 3.3% 4.1% 1950-89
マルタ 9.6% 6.2% 3.6% 1960-88
シンガポール 10.8% 8.1% 3.6% 1963-89
スイス 4.6% 3.1% 3.2% 1950-90
西ドイツ 7.0% 4.1% 3.0% 1953-90

*1:貨幣成長率30%、インフレ率27%のときの3%のギャップは大した違いに見えないが、貨幣成長率5%、インフレ率2%のときの3%のギャップは重要なものに見えるということ。

*2:貨幣の供給が増加するだけでなく需要も増えたので、それほど貨幣価値が下がらなかったということ。

*3:貨幣量(M)×貨幣流通速度(V)=物価水準(P)×実質GDP(Y)

*4:ΔM+ΔV=ΔP+ΔYである。移項するとΔM-ΔP=ΔY-ΔVになる。よってΔM-ΔP≧10%となるにはΔY-ΔV≧10%となる必要がある。

*5:名目金利が高くなると、利子の付かない貨幣を保有しておくことの機会費用が大きくなり、人々が貨幣を手放したがることで貨幣流通速度が上昇する。

*6:物価水準=貨幣供給量/実質貨幣需要

*7:物価水準=貨幣量/K×実質GDP

*8:物価水準=貨幣量/名目金利の関数K×実質GDP

*9:名目GDP=貨幣量/名目金利の関数K