スコット・サムナー「名目GDP目標を勧める理由」

  • 2012年10月23日投稿。

 

要旨

中央銀行の歴史は相次ぐ失敗の物語だ。とはいえ現在の金融政策の仕組みがあらゆる選択肢の中で最悪というわけではない。むしろその逆だ。しかし失敗から教訓を得ることで政策を改善する余地はある。全ての改革の提案は以前の失敗から得られた暗黙の教訓に基づいている。

本文

FRBは物価安定と雇用の最大化という二つの使命を達成するため、伝統的に金利目標に頼ってきた。金利目標の仕組みは、1983~2007年の「大平穏期」にはよく機能していて、時には経済学者ジョン・テイラーの有名な政策ルールよりも上出来だった。しかし最近の「大不況」を防いだり、そこからの力強い回復を促進するために、金融政策が十分有効に使われたとは言い難い。

ジョージ・メイソン大学マーカタス・センターの金融政策担当ディレクターであるスコット・サムナーは、現在の金利目標とインフレ目標の仕組みは不適切であり、FRBがそれらに代わって名目GDP目標を採用すべき理由を説明している。経済の全ての名目支出の合計、あるいは国民所得を意味する名目GDPを目標にすれば、大不況の深刻度は大きく減り、財政出動と銀行救済は必要なくなるはずだ。同時に、平均して低いインフレが確保され、景気変動は穏やかになるだろう。

金融政策略史

希少性と価値貯蔵機能を持つ金銀は、人類史の多くの期間で貨幣として使用された。しかし、金本位制では金の需要と供給の変化が物価水準を不規則に変動させ、時には劇的な変動をもたらすこともあった。1920年代末から1930年代には、金需要の増加と賃金硬直性が大恐慌を引き起こし、産出の急落と高失業を招いた。

1979~1982年には、高インフレと戦う手段としてマネーサプライ目標(すなわち現金+銀行預金のような金融資産の統計値の目標)が採用された。1982年以降はFRBがインフレの変化に応じて金利を設定した。(多くの場合、テイラー・ルールに近い基準に従っていた)。この方法は20年以上うまく機能したが、大不況を止められず、高失業が生じた。

FRBが大不況への対処に失敗した理由は、4つの点から説明できる。

  1. FRBは経済がどこに向かっているのかを知るために、市場予測ではなく過去の動向に頼っていた。
  2. FRBは金融政策の手段として、金利目標に頼っていた。失業とインフレが目標を下回り続けたにも関わらず、金利がゼロになったことで、FRBがさらなる利下げをできなくなったときに、これが問題になった。
  3. FRBは水準目標を採用しなかった。水準目標とは、目標のアンダーシュートやオーバーシュートは後で取り戻すと約束する政策のことだ。
  4. FRBは名目GDPではなく、インフレを目標にした。

名目GDP目標擁護論

名目GDP目標、あるいは名目国民所得目標を採用することには、理論的かつ実用的な根拠がいくつか存在する。

  • 名目GDP目標は総需要と総供給の両方の変化(ショック)に反応する。名目GDP目標とインフレ目標の需要ショックへの反応は同じで、貨幣供給を調節することで貨幣流通速度の変化を相殺する。しかし、名目GDP目標は全ての経済部門での供給ショックにも対応できる。1990年代のハイテクブームや、2000年代初頭の住宅ブームの時のように、生産性の急上昇により実質GDPが通常よりも速く成長している場合、金融政策はインフレを抑制することで名目GDP成長率を一定に保つだろう。一方で1930年代や2009年のように貨幣流通速度が低下している場合、貨幣供給を増やすことでその低下を相殺し、目標を達成しようとするだろう。物価指数には多くの種類があり、政策決定者が目標とすべき指標がどれなのかは明らかでないのに対して、名目GDPは比較的明確な概念だ。
  • 名目GDP目標は健全財政を促し、赤字財政を防止する。FRBが目標に沿って名目GDPを成長させている場合、経済の総支出の増加を目的とした財政政策の効果が、金融引き締めによって相殺されることは明白だ。同様に、一般に"大きすぎて潰せない"と考えられている企業の救済を正当化することも難しくなるだろう。クライスラーのような自動車企業を救済することで、自動車への支出が増えたとしても、それは単に経済の他の場所への支出を減らしているに過ぎなくなる。銀行やその他の金融機関の救済も同様だ。その一方で、サプライサイドの改革が実質GDPを増やす可能性は存在していて、その場合にはインフレが抑制されるだろう。
  • 名目GDP目標は金利に頼らない。金利がゼロになっても、FRBの弾薬が尽きることはない。量的緩和を実施したり、マイナス金利(すなわち準備預金へ課徴金)を設定できる。それに加えて、名目GDP目標の仕組みのもとでは、金利がゼロになる可能性は低い。
  • 名目GDP目標は金融政策から政治的影響を取り除く。現在の二つの使命は明確に定義されていないので、政治的に分裂している左右両派が、金融政策は緩和傾向か引き締め傾向かで論争することを許してしまう。名目GDP目標では唯一の容易に観察できる変数が政策目標になるので、金融政策が行き過ぎているか、不足しているかの透明性が向上する。

高い透明性を持つ、市場主導型のFRB

名目GDP目標の仕組みでは、現在の金利目標の仕組みよりも透明性が高くなり、市場主導型になる可能性もある。さらに透明性を向上させるために、水準目標を採用してもいい。

ある年の水準目標が100であるのに、FRBが99にしか達成できなかった場合、翌年は目標とする水準に戻るために金融緩和が必要になる。名目GDPの市場予測を目標にするために、FRBは名目GDP先物市場を設立することができる。基本的な考え方は、将来の名目GDP成長の市場期待が目標と等しくなるように、マネタリーベースの水準を調節することだ。貨幣流通速度が変化した場合には、FRBが名目GDP先物契約を売買することによって貨幣供給をコントロールし、その変化を相殺する。

結論

多くの経済学者は高インフレの危険性に非常に敏感だが、名目支出の不足は経済に打撃を与える。名目GDP目標は名目支出を安定的に成長させ、高インフレと名目GDP下落の両方の危険性を回避できる。自由市場政策にとっては最高の環境が整い、金融政策への政治的影響は取り除かれ、景気後退期の財政出動や政治家にコネのある企業の救済も必要なくなる。FRBは金融政策に対してさらに重い責任を負うことになる。このアイデアは、党派を超えて多くの経済学者の支持を集めており、FRBの二つの使命にもおおむね合致する。